学術会議・ジャーナルの地図
本書を読み終えたあとも、ぜひ最新の研究動向に触れてください。ここでは、関連する会議と論文誌を並べます。
並べ方について、先に断っておきます。これは分野の格付けではありません。どの会議や論文誌が「主要」かは、何を研究しているかで変わるからです。同じ教育と AI の研究でも、認知のモデル化に重心があるのか、大規模データの分析に重心があるのか、教室で起きることの記述に重心があるのか、インタフェースの設計に重心があるのかで、読むべき場所も、出すべき場所も入れ替わります。そこで以下では、その場所で何が評価されるか で束ねます。自分の研究の重心に近いところから読み始めてください。
もうひとつ。日本を含むアジア太平洋圏には独自の蓄積があり、この地域の学習支援システム研究の多くは ICCE と国内学会に出ています。英語圏の会議だけを追っていると、すぐ隣でやられている関連研究を見落とすことがあります。
認知のモデル化と学習支援システム
学習者の認知をどう表現し、その表現に基づいてどう支援するかが評価される場所です。本書の主題にいちばん近い一群になります。
- ITS(International Conference on Intelligent Tutoring Systems):知的学習支援システムに特化した会議です。モデルトレーシング、学習者モデリング、適応的支援が主なトピックになります。かつては隔年開催でしたが、2018 年以降は毎年開催されています。https://its-conference.com/
- AIED(Artificial Intelligence in Education):教育への AI 応用を扱う代表的な国際会議です。ITS から学習分析まで幅広くカバーします。フルペーパーの採択率は概ね 25〜30% です。https://iaied.org/
- ICCE(International Conference on Computers in Education):アジア太平洋計算機教育学会(APSCE)が主催する、この地域で最大の会議です。学習者モデリングや認知を扱う研究が多く、日本からの発表も多数あります。本書で扱った Monsakun や EBS の系譜も、ここで議論されてきました。https://apsce.net/
- IJAIED(International Journal of Artificial Intelligence in Education):Springer。AIED の代表的な論文誌で、理論と実践の両方を扱います。https://link.springer.com/journal/40593
- RPTEL(Research and Practice in Technology Enhanced Learning):APSCE のオープンアクセス誌です。ICCE と同じコミュニティの論文誌で、学習支援システムの設計と実践を扱う論文が多く、国際誌としては投稿しやすい部類に入ります。https://rptel.apsce.net/
学習データの分析
学習ログから何が読み取れるか、その手法が妥当かが評価される場所です。表現よりも、データと手法が議論の中心になります。
- LAK(Learning Analytics & Knowledge):学習分析の主要会議です。データの分析、可視化、実践への応用が中心になります。https://www.solaresearch.org/events/lak/
- EDM(Educational Data Mining):教育データマイニングに特化した会議です。機械学習やデータマイニング手法の教育応用を扱います。https://educationaldatamining.org/
- JLA(Journal of Learning Analytics):SoLAR のオープンアクセス誌。実践的研究を重視します。https://learning-analytics.info/
- JEDM(Journal of Educational Data Mining):EDM コミュニティのオープンアクセス誌です。https://jedm.educationaldatamining.org/
学習科学と教室での学び
学習が起きる場をどう記述し、どう理論化するかが評価される場所です。問題意識は近いのに評価の観点が違うので、読む場所としては有益ですが、出す場所としては書き方を変える必要があります。
- ICLS(International Conference of the Learning Sciences):学習科学の主要会議で、ISLS Annual Meeting の一部として開催されます。デザインベース研究や協調学習、教室という環境そのものを扱う研究が多く集まります。https://www.isls.org/conferences
- CSCL(Computer-Supported Collaborative Learning):協調学習支援を専門に扱う会議です。ISLS のもとで開催されます。
- Journal of the Learning Sciences:Taylor & Francis。学習科学の理論と実践を扱い、デザインベース研究の論文が多い誌です。https://www.tandfonline.com/toc/hlns20/current
インタラクションの設計
人と道具のあいだで何が起きるか、その設計の質と新規性が評価される場所です。学習効果そのものの検証は主眼ではありません。
- CHI(Conference on Human Factors in Computing Systems):HCI 全般を扱う最高峰の国際会議で、学習インタフェースの研究も発表されます。
- HCII(HCI International):HCI の大規模会議で、学習・認知を扱うトラックがあります。論文は Springer の LNCS として出版されます。
- UMAP(User Modeling, Adaptation and Personalization):利用者モデリングと個別化の会議です。学習者モデリングの手法的な議論は、ここにも蓄積があります。
- CSCW(Computer-Supported Cooperative Work):協働作業を支える技術を扱う ACM の会議です。学習そのものが主題ではありませんが、教師や学習者が他者と一緒に使う道具の設計、人と AI の協働の作法を扱うなら、ここの蓄積が効きます。
教育技術全般
技術が教育の現場でどんな効果を生んだかが評価される場所です。掲載の幅は広く、実証の質が問われます。
- EC-TEL(European Conference on Technology Enhanced Learning):欧州を中心としたテクノロジー拡張学習の会議です。
- L@S(Learning at Scale):MOOC など大規模学習環境を扱う会議です。
- Computers & Education:Elsevier。教育技術全般を広くカバーし、実証研究を重視します。https://www.journals.elsevier.com/computers-and-education
- IEEE Transactions on Learning Technologies (TLT):学習技術の工学的研究を扱います。
- Educational Technology & Society (ET&S):オープンアクセス。アジア圏からの投稿も多い誌です。
- そのほか、British Journal of Educational Technology (BJET)、Educational Technology Research and Development (ETR&D)、Interactive Learning Environments、Instructional Science、Learning and Instruction があります。
日本の学会・研究会
日本語圏で 教育・学習支援システム研究 にあたる活動に取り組んでいるコミュニティを、本書の主題に近い順に整理しておきます。学部生・大学院生のあなたが「研究室の外で同じ関心の人に会いたい」と思ったときの最初の入り口として使ってください。
学会と、その下の研究会
- 人工知能学会(JSAI)
- 先進的学習科学と工学研究会(SIG-ALST) ―AI・認知科学・教育を結ぶ第一線の発表が集まる研究会。
- 教育システム情報学会(JSiSE)
- SIG-認知スキーマ・学習活動モデリング(SIG-SLAM) ―名前のとおり、認知のスキーマを表現し学習活動をモデリングするという、本書の主題そのものを扱う研究会。
- 電子情報通信学会(IEICE)
- 教育工学研究会(ET) ―電子情報通信分野の立場から教育工学を研究する場。
- 日本教育工学会(JSET) ―教育工学全般を扱う最大規模の学会。
- 日本認知科学会(JCSS) ―認知科学全般。学習と認知に関するセッションあり。
国内の論文誌
学部生・大学院生が最初に書く論文の投稿先としても、現実的な選択肢になります。
- 教育システム情報学会誌(JSiSE)―学習支援システムの設計・開発・評価を扱う。ショートノートの枠もあり、最初の一本に向きます。
- 人工知能学会論文誌(JSAI)―知識表現やモデル化に重心がある研究向け。
- 電子情報通信学会論文誌 D(IEICE)―システムの提案と評価を扱う。レターの枠があります。
研究会(SIG-ALST、SIG-SLAM、ET)での口頭発表は査読なしか簡易査読で、そこで議論をもらってから論文誌に出す、という順序が一般的です。
日本教育工学会や日本認知科学会にも論文誌がありますが、前者は教育実践の効果検証に、後者は認知過程そのものの解明に重心があり、システムの設計と形式化を主題にする研究とは評価の観点が変わります。隣接分野として読む価値は高い一方、投稿先としては、上の三誌のほうが噛み合うことが多いはずです。
若手・勉強会
- 教育・学習支援システム若手の会(yelss) ―著者も運営に関わっている、所属研究室の枠を越えた若手研究者の集まり。学部生・大学院生・若手教員が中心。
- CALST(Co-study Group on Advanced Learning Science and Technology) ―人工知能・知識工学・学習工学・学習科学・認知心理学・認知科学にまたがる、若手研究者と学生のための 協働かつ融合的な研究会。週 1 回から隔週の頻度で、オンラインで 2 時間ほど集まり、個人の研究発表、関連書籍や論文の輪読、学会発表練習、研究室運営の共有といった内容を扱います。所属を越えた 「第二のゼミ」 として機能していて、「言い訳なしの深い議論」を旨としています。
学会本体の年次大会では幅が広すぎて自分の関心に近い人を探しにくい、という場合、SIG-ALST、SIG-SLAM、ET といった研究会や、yelss のような若手向けの場、CALST のような少人数の協働研究会のほうが、最初の足がかりになりやすいと思います。
オープンアクセスリソース
arXiv
- URL:https://arxiv.org/
- カテゴリ:cs.CY(Computers and Society)、cs.AI、cs.LG などが関連します。
- 特徴:プレプリントサーバーです。最新研究が査読前に公開されます。
教育データセット
- PSLC DataShop:学習曲線分析のための大規模学習データを公開しています。 https://pslcdatashop.web.cmu.edu/
- EdNet:韓国発の大規模教育データセットです。 https://github.com/riiid/ednet
研究者コミュニティ
- International AIED Society:AIED 研究者の国際ネットワークです。 https://iaied.org/
- Society for Learning Analytics Research (SoLAR):Learning Analytics 研究者のコミュニティです。 https://www.solaresearch.org/
- International Society of the Learning Sciences(ISLS):学習科学のコミュニティです。 https://www.isls.org/
研究を始めるときは、これらの会議・ジャーナルの過去論文に目を通し、コミュニティに参加してみることをおすすめします。実際に会場へ足を運んで発表や聴講をしてみると、紙の上だけでは見えない議論の熱量や雰囲気がつかめるはずです。